たいていの場合、薄く細長い少し硬い紙に、その人の情報が分かりやすくまとめられている。
それを「名刺」という。
その小さなスペースに記載されている肩書によって、初対面であってもその人が何をしているかということが、なんとなくではあるが、分かるのが名刺だ。
関係を築くファーストステップとしていいツールだと思うし、交換自体が話すきっかけにもなる。
ぼく的にはまあ、アリだと思うし、自分自身も持っている。
けれど、最近、何度も同じ人に名刺を渡されるという機会があった。
今回受け取っていれば、3回目だ。
おいおい、ぼくは、そんなに印象が薄いかい?
この人はどういう思いで人に名刺を渡しているのだろうかと思った。
名刺は本来、顔と顔を合わせてお会いして、短い間にお互いの連絡先を知るために名刺を交換する。
これは、これから友好な関係を築いていくんだという意味を含んでいる。
もっとシンプルに言えば、相手に自分のことを知ってもらいたいから名刺を渡すのだ。
だから、それが目的ならば、百歩譲って渡したこと自体を忘れたとしても、会ったことがあるかどうかは覚えていてもいいものだと思う。
けれど、その人は本末が転倒して名刺を渡すことが目的になってしまっているのだろう。
どうして、そうなるか?
おそらく、こう思ってるんじゃないだろうか。
「名刺を渡しておけば、人脈を広げられるし、何かに役に立つかもしれない。」
その可能性がないとは言い切れない。
しかし、名刺を渡していれば自分の知らぬところで勝手に何かが起こっていく、…ということはまずないと言っていいだろう。
特にこのSNSの発達した世の中では、名刺をひっぱり出してきて連絡をとろうとする人は少ないだろうし、名刺だけでは情報量が少なすぎる。配るだけなら、あまり意味がない。
それよりも、丁寧に一人一人に向き合ってくれたほうが、よっぽど好印象だ。
そもそも、渡しっぱなしで、渡した相手のことを忘れてしまうのは、逆に印象が悪くなるばかりだ。
…つらつらと、書いているが、ぼくはそう怒っているわけではない。
ただ、名刺を渡すことが目的じゃなくて、渡した人をしっかりと見て欲しいと思ったということと、ぼく自身も気を付けないといけないよなと思ったという話である。
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