真面目に『まじめ』について考えてみたら見えてきたこと。

ある投稿をシェアした時に、コメントをいただいたことでちょっと考えてみた。

「真面目」ということについて。

目次

「真面目」ってなんだろう?

定義というか、人によって受け取り方は違うと思うけれど、

どっちかというと真面目だと言われてきた、ぼく。

辞書によると、「真面目」とは

1 うそやいいかげんなところがなく、真剣であること。本気であること。また、そのさま。「真面目な顔」「真面目に話をする」

2 真心のあること。誠実であること。また、そのさま。「真面目な人柄」「真面目に暮らす」

goo辞書

とある。

 

おお。

いいじゃないか。

真面目。

 

ぼくの感じ方として、「まじめ」というと、辞書にあるような、「実直」、「真摯」、「物事にきちんと向き合う」などのいいイメージもあるが、

一方で、「融通が利かない」とか、かたいイメージもある。

世間ではこちらの意味でつかわれることも多いのではないだろうか?

 

「君は真面目だなあ」と言われる言葉の中に、「かっちりしすぎだよ」という意味合いを感じ取る。

こちらのマイナスイメージのほうに自分自身、引っ張られているなとも思う。

だから、真面目と言われても誉め言葉と思えないというか…。

 

…とか考えちゃってるこの記事。

これだよこれ。これこそが、まじめの形。(笑)

 

結局、『まじめ』って、あれこれ考えちゃうってことなのかな。

考えても仕方がないようなことや、そんなに掘り下げなくていいことを掘り下げちゃう。

それが上手く回る時はいいけれど、場合によっては他人との距離を生む結果になったり、

自分自身でこの性格が嫌になっちゃうと、つらい。

 

…あれれ?? これってまじめっていうより、

神経質だとか、臆病とか、自己嫌悪とか、

そんなジャンルの話になっちゃってるぞ。

問題はどこにあるのだろう?

ついつい真面目がいいのか、悪いのか?と、考えちゃうけれど、

そんな問題よりも、実は、「まじめ」を絶対的な安全地帯と考えていたことが、問題なのかもしれない。

「まじめでさえいれば絶対大丈夫」と。

少し歳を取って、冷静に考えれば…そんなこと、ないよねぇ。

 

ただし、かといって、真面目が必要ないという話ではない。

要はバランスなんじゃないかなと。

真面目に取り組むところもあれば、

ふざけたり、冗談を言ったり、はっちゃけたりするところも大事なわけで。

 

でも、真面目な人は、

真面目にふざけたり、真面目に冗談を言ったり、

真面目にはっちゃけたりしちゃう。

もう、笑い話ですよね。

(あぁ、自然に気を抜きたいよ。)

 

あと、何か起こったときに、真面目のせいにしないことも大事かなと。

 

「こっちは真面目にやっているのに」「なんで、ふざけたようなあの人ばかり、理不尽だ。」とか。

でも、これって、自分の正義だもんね。他の人は違う。

いろんな人がいるってことは、いろんな正義があるわけで。

といいながら、しょっちゅう理不尽だー!とか、考えちゃうのだけど。

 

とどのつまり、そんなことを考えなくてもいい人がうらやましいって話なのかもね。

でも、その人も、陰ながらの苦労や、苦しみがあるわけで。

思い込みで相手を語らずに、一度対話してみるのも面白いかもしれない。

 

そんな感じで「真面目」について考えてみました。

ちょっと疲れたので、真面目に休みたいと思います(笑)

 

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この記事を書いた人

浄土真宗本願寺派のお坊さん。(賢明寺・副住職)
福岡県豊前市で子育てや地域活性化に励んでいます。
ネットでお寺や仏教の面白さ、ローカル情報を発信中!
カフェ巡り、カメラ、アコギ(ソロギター)が趣味。

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